天翔ける根
松本 千里 (まつもと ちさと)
芸術学研究科 造形計画研究分野 染織造形
H3000×W6000×D3000mm
ポリエステル布、ニット用ミシン、箱椅子
松本千里の修了作品『天翔ける根』は、樹木を引き抜いた時の根の姿に自らの内面を託し、「制作で使用している箱椅子を養分に作品が成り立っている」と想像を膨らませた造形作品である。
上空から吊るされた布には、箱椅子の重力によって生じた皺に沿って小さな絞りの粒が出現する。小さな絞りの粒はさらに細やかな皺を加えつつやがて大きな粒となり群となり、作者や学生の記憶を貪るように次から次へと箱椅子を巻き込み、宙を舞う。布には絞りのリズムが刻まれ、螺旋状に巻かれた糸の集積がリズムを増幅させる。薄い布がゴツゴツした箱椅子を持ち上げ空間に留まる緊張感、絞りの反復と無作為の傷や汚れとの交差、白い布と経年変色した木色の色調、伸縮性に優れた布を手で絞るということでしか現れない揺らぎと影を伴った相貌らは、観者を空想の世界へと誘う。なお、本作は高機能複合繊維と芸大美大生にとって親しみのある箱椅子を、日本の伝統技術である巻き上げ絞りによって単に融合したのではなく、造形作品の複合性及び中間性についての研究を踏まえて導き出されている。
作者は「個と群衆」という一貫したテーマのもとに環境に溶け込むようなインスタレーション、パフォーマンス等の作品を発表し、優れた成果をあげてきた。総集となる本作は、絶妙な構成力、清新な感性、素材と技術と空間が極めて美しく調和した秀作である。