• Faculty of Arts / Art Award

空想と虫籠(イナゴ)
尾身 大輔 (オミ ダイスケ)
芸術学研究科 彫刻研究分野
H 1500 x W 2500 x D 3200 mm

 本作品「空想と虫籠(イナゴ)」は、他2点の修了提出作品の一つである「空想と虫籠(カマキリ)」の制作後、その被食者という設定で制作された。
 それぞれ独立した作品であるが、作者は今後予定されている展示空間において、ある物語を空想し2つの作品を同一空間に配置することを想定している。 ”イナゴ ”は農作物を食い荒らす害虫として古来恐れられてきた。対してイナゴを捕食する”カマキリ”は農家の守り神として祀られてきた歴史がある。作者の空想の中でイナゴは農民たちに追い立てられ飛び立ち身を移す。しかしその身は、作者の手によってカマキリの面前に生き餌として配置される。本作品は、再び飛び立とうとするイナゴの、羽を広げた一瞬を捉えたものである。
 害虫と益虫、被食者と捕食者。人間の都合によって色分けされた命の価値と自然界の摂理としての生と死。作者は、2種の昆虫を通して命の推移を人間として観察している。久しく使われていない倉庫を展示会場に、小さな命の物語がクローズアップされる。作者の空想空間となる空き倉庫はいうなれば作者の脳内であり作品の鑑賞者は否応なく作者の脳内でこの命の物語を共有する。
 作者が学部・研究科を通して培ってきた木彫の技術と、”生命 ”への真摯な眼差しがリアリティーをもった空想として結実し、静かなそれでいて緊張感のある彫刻表現を実現している。目まぐるしく変化する現代社会において、ともすれば風化しそうな命の物語が、木材という生命を感じさせる素材と卓越した彫刻技術により、普遍的な命題として顕在化されている。
 作者の、時代に流されることなく自身の眼差しを表現しようとする確固たる姿勢と、鑑賞空間そのものを変容させ、その世界観を見るものに直接的に体感させる表現技術を評価する。